自由な発想で計測デバイスを開発―ひらめきは会話から生まれる


大阪大学産業科学研究所 教授(栄誉教授)
関谷 毅
ブラジルと宇宙
地球の裏側と外側にある科学者としての原点
生後3か月から小学校低学年までブラジルで育ちました。今思えば、ブラジルの持つおおらかで陽気な雰囲気のなかで自由に過ごせたことが科学者としての感性を磨いてくれたのかもしれません。川に投げ入れた肉をピラニアがあっという間に骨になるまで食べてしまう光景を大人が見せてくれて、「うかつに川へ入ってはいけないな」と実感したり、友達と高い所からいろいろな形の石を落として、地面への埋まり方を確かめて遊んだり。サッカーもよくしていて、ボールは自分たちで作っていました。新聞紙を丸めただけでは飛ばず、硬い素材だと足が痛くて蹴れない。試行錯誤の過程はある種実験のようなものでした。「こうしたらどうなるんだろう」という疑問を自分の目と肌で確かめる経験を繰り返すなかで、仮説を立てたり大胆な発想を試したりすることの面白さを自然と学んでいたように思います。
科学者に憧れたきっかけは宇宙飛行士の毛利衛さんです。毛利さんは材料科学やプラズマの研究者でもあり、科学者は宇宙でどんな研究をするのだろうと思っていました。また、当時は「超電導」が話題になっていて、無重力環境ならば地上より高品質な超電導結晶が作れるとも言われていました。環境を変えると物の性質も変えられるということに惹かれ、それが物性物理という学問だと知り、「自分のやりたいことはこれだ!」と直感。迷わず大阪大学基礎工学部物性物理工学科(当時)に進学しました。

10分の会話が5時間の研究を凌駕することがある
学部時代は、理論物理の鈴木直先生のもとで学びました。物理への関心もありましたが、実はもう一つ理由があります。鈴木研は学内でもソフトボールが強い研究室で、野球がうまいという私の噂を聞きつけた先輩方からテストをされたのです。結果、3年生の時から4番センターで試合に出場し、半ばドラフト指名のような形で、4年生の研究室配属では鈴木研に迎え入れられました。鈴木先生は、厳しい指導をされる一方で、「今日は飲むか」と学生と頻繁に集まり、研究することの面白さも教えてくださいました。
学部では物質の中の状態を理論的にシミュレーションしていたのですが、次第にそれを実験で確かめたいという思いが芽生えました。そのためには超強磁場が必要だったため、物性研究所のある東京大学の大学院へ。そこでは、実験室内での超強磁場発生の世界記録を持つ三浦登先生にお世話になりました。目標の1000テスラには届きませんでしたが、当時国内最強クラスとなる600テスラを出す装置と、その中で超電導体の電気的特性を測定できる計測器を研究室の仲間と開発し、博士論文にまとめました。理論物理は鈴木先生から、実験物理は三浦先生から。それぞれの分野の第一人者に学べたことは私にとって最高の栄誉です。
その後は、物理の知見を活かしてさまざまな計測技術やデバイス開発に取り組んできました。「計測技術」という軸をもとにチャレンジを重ねる中で実感したのは、「コミュニケーションの大切さ」です。良い研究には多様な視点が欠かせません。新しいアイデアは自分ひとりではなかなか気づけないものです。5時間研究するよりも、10分の会話から得られるひらめきの方がはるかに価値があることもあります。実際、おでこに貼って脳波を測るデバイスは、病気のお子さんを持つお母さんの何気ない一言から生まれました。だからこそ、私は日頃から「人と話すこと」を大事にしています。あまり信じてもらえないのですが、実は私はかなり内向的な性格です。でも、誰かとコミュニケーションをとって良くなかったと思ったことは一度もありません。話すことで、いつも新しい発見があるからです。

自分を信じて、伝える力を磨き、発信しよう
若手研究者の方には、自分の個性を大切にしてほしいと思います。例えば学会などの場で、「こんな質問したらダメだろうな」「この発言、ここでしたら場違いかも」と躊躇してしまうことがあるかもしれません。しかし、私はむしろそういう時に湧いてくる疑問やアイデアこそが、その人自身の個性であり、新奇性の源だと考えています。自分を信じてまずは口にしてみる、やりたいことはやってみる。恐れずにチャレンジしてほしいですね。
私の研究は、まず「こんなことを実現したい」という夢を大きく描くところから始めます。たとえまだ形になっていなくても、やりたいことを大々的に発信する。そして一生懸命にプレゼンする。そのために資料作成のデザインも真剣に学んできました。研究者にとって大切なのは、良い研究をすることはもちろんですが、それをどう世の中に伝えるか、そして周囲の方たちに共感していただくか、という視点も大事だと思っています。わかりやすく丁寧に発信を続けていけば、一緒にやりたいと言ってくれる仲間がきっと現れます。
コラム
Column
大阪大学の中で好きな場所は?
豊中キャンパスの館下食堂。学生時代、仲間と集まってレポートを書いた思い出の場所です。バイト代が入ったときには、ちょっとした贅沢として食べる天津飯が格別でした。今ではアップグレードされて麻婆がかかっていますが、私にとっての思い出の味はシンプルな天津飯です。
お気に入りの言葉は?
中国の思想家・荀子(じゅんし)の「出藍の誉れ(しゅつらんのほまれ)」ですね。青は藍より出でて、藍より青し。私たちは、先人が何十年、何百年と積み上げてきた知識の中に生きています。それを使い尽くして終わってはいけなくて、自分も少しでも積み上げて、次の世代へバトンを渡していく。それが人類の歩みを前に進めることだと思っているので、この言葉は最も大切にしています。
プロフィール
Profile
関谷 毅 SEKITANI Tsuyoshi
大阪大学産業科学研究所 教授(栄誉教授)
博士(工学)。2003年東京大学大学院工学系研究科助手(のちに助教に名称変更)、講師、准教授を経て、2014年大阪大学産業科学研究所教授に就任。2017年大阪大学栄誉教授の称号付与。現在に至る。
掲載日:2025年6月16日/取材日:2025年2月5日 内容や経歴は取材当時のものです。
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お話を伺って
安藤百福賞の授賞式を控え、資料作成でご多忙な中にも関わらず、快く取材を引き受けていただきました。お話も資料を交えながらわかりやすく、おもしろく。記事に書きたいエピソードが多すぎて本当に迷いました。研究発表のプレゼン資料は自らIllustratorを駆使し、わかりやすさを追求して制作されている。取材者一同すっかり魅せられました。(岸本、荒川、加藤)