#013

自然免疫との出会いが、今の私を作っている

笹井 美和

大阪大学微生物病研究所 准教授

笹井 美和

免疫を研究するためのノウハウを学んだ学部時代

免疫に興味を持ったのは、高校3年生の時。自己免疫疾患の疑いのある症状が自分に現れたことがきっかけです。身体の中で何が起きているのか、その原因や対処方法が分からないことに疑問を感じるとともに、免疫の働きが自分の日常生活と密接に関係していることを痛感しました。そこから、自分も免疫学に関わり、こうした現象が起きるメカニズムを明らかにしたいと思うようになったんです。一方、友人の影響で薬学部への進学を考えていた自分にとって、免疫について深く学べそうな医学部に受験先を切り替えることは容易ではなく、高校の先生からのアドバイスもあり、研究のノウハウを学ぶために奈良女子大学理学部に進学しました。

大学入学後、免疫について独学しようとブルーバックスを買ってみましたが、やはり免疫学は医学の領域。漠然とした興味だけでは到底理解できません。研究室の先生に免疫に興味があることを相談したところ、免疫を研究できる大学院への進学を勧めてくださり、卒業論文に向けた研究でも、将来免疫を研究する上で必要となる実験手技を指導してくださいました。しかしこの手技というのが、均等に細胞を撒いては増殖した細胞を数えてグラフを描くという、いわばメンテナンスに近い作業を、コンタミネーション(外部から雑菌等が混入すること)させないようにひたすら繰り返すというもの。どうしても飽きてくるし、先生の指導は厳しいしで、一時は進学せずに就職しようかと、企業へのエントリーシートを書いたこともあります。一方で、免疫の研究をやり始めてもいないのに、何も知らないまま終わってよいのかという思いもありました。実習の授業の中で経験してきた、得られたデータをもとに丁寧に思考を積み重ねていく作業も好きでしたし。他の研究室の先生からも「この先、ある程度の裁量をもって研究ができるようになってから、面白いと思えるかどうかを考えてみてもよいのでは」と助言をいただき、大学院で研究を続ける道を選びました。

自然免疫という真っ白なキャンバス
活きた学部時代の経験

進学した奈良先端科学技術大学院大学には、学部で学んで親しみのあった分野をはじめ、魅力的な研究室が多くありましたが、「自分は免疫の研究をしに来たんだ」という初心に立ち返り、がん免疫を扱う研究室へ進みました。ここでの自然免疫との出会いが、今の私を作っています。従来、自己免疫疾患やがんに対する免疫反応は、T細胞やB細胞をもとにした獲得免疫が中心だと考えられていました。しかし、私が研究室に入った頃は、ちょうど自然免疫の関わりが注目され、関連分子がいくつか発見され始めた時期。免疫の研究を本格的に始めたばかりの私でも、そうした最先端の動きに追いつくことができたのです。自然免疫という真っ白なキャンバスに世界中の研究者たちが挑み、新しい絵を描こうとしていました。何しろ真っ白なので、とにかく手を動かす必要があり、4年生の時にひたすら細胞を培養していた経験が活きることになったんです。細胞を均等に撒く技術や培養細胞を適切に取り扱える手腕が評価され、初めからとてもやりがいのあるプロジェクトに取り組むことができました。

自然免疫は新しい分野であるがゆえに競争も激しく、自分が寝ている間に世界が大きく動いてしまうのではないか、自分の取り組んできたことを他の研究グループが明日にも論文として発表してしまうんじゃないかという、焦りや恐怖を感じることもありました。先を越されるというのは、自分も同じ答えに辿り着いていたとしても、後発となることで論文のインパクトが下がり、トップジャーナルには載らなくなるということを意味しますから。しかし、競い合えるということは、自分の考え方や実験のやり方は間違っていないという確信を得られることでもあり、プレッシャーの中にも楽しさを感じていました。今の研究室を主宰する山本雅裕先生にも、当時は同じ分子を研究するコンペティターとして出会ったんです。先生とは、自分のライフステージの変化やそもそもの時代の流れとして、以前のように昼夜を問わず突き進む研究スタイルからは切り替えていく必要があるねという考えを共有しています。

迷った時には周囲の人に話をし、自分の気持ちと向き合う

大学進学、大学院への進学、ポスドクとしての海外留学─これまでの自分を振り返ると、転機となるタイミングではいつも不安や悩みを周囲の人に相談してきました。そして常に問いかけられたのは「あなたにとって研究は楽しい?」という言葉。「研究が好きなら続けたらいいよ」─よく耳にする言葉かもしれませんが、その言葉が自分に響くかどうかは、誰がどんなタイミングで言ってくれるかにかかっているのではないかと思います。だからこそ、悩んだときには一人で抱え込まず、身近な人に自分の気持ちを話してみてほしいです。不安があるなら、不安だと言っていい。研究者に限らずどんな仕事でも、全てを「好き」や「楽しい」だけで満たすことはできません。それでも「やっぱり好きだ」「面白い」と感じられるのであれば、その気持ちこそが困難を乗り越える力になります。信頼できる人に自分の思いを共有し、返ってきた言葉に対して自分がどう思うのかを考えてみる。まずは正直に声に出すことから始めてみてほしいです。

コラム

Column

食堂よりも自作のお弁当を選ぶ理由は?

毎朝お弁当を作り、研究室へ持参しています。食堂で食べようとすると営業時間を気にしたり、研究室から離れたりしないといけませんが、お弁当なら遠心分離機を動かしている間に隣の部屋でさっと食べて、また実験に戻って、と効率的に動けるのがいいですね。

印象に残っている国や場所は?

アメリカのイェール大学です。研究者としての道を歩むためには、論文の執筆やエディターとの折衝に耐えうる英語力が不可欠だと考え、博士後期課程最終年度中に準備を進め、修了後に渡米しました。主に自然免疫の研究に取り組みましたが、サブプロジェクトとして獲得免疫についても学ぶことができ、帰国後に研究を続けるうえで大きな糧になりました。

プロフィール

Profile

笹井 美和 SASAI Miwa

大阪大学微生物病研究所 准教授

博士(理学)。奈良先端科学技術大学院大学修了後、イェール大学に5年間勤務。2012年4月、微生物病研究所助教に就任。2017年8月、同准教授。現在に至る。

掲載日:2025年6月23日/取材日:2025年2月3日 内容や経歴は取材当時のものです。

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