#022

生命の「カラクリ」に魅せられて

神宮司 健太郎

大阪大学大学院薬学研究科 講師

神宮司 健太郎

分子生物学との運命的な出会い

私はもともと勉強に強い関心があるタイプではありませんでした。しかし、整形外科医だった父の臨床と研究を両立している姿には、子どもながらに漠然と「研究者ってかっこいいな」という憧れを抱いていました。
大学では農学部に進学し、そこで転機となる出会いがありました。それは、2年生のとき受講した分子生物学の講義です。細胞の中で遺伝子が転写されてRNAになり、RNAが翻訳されてタンパク質になり、それらが複雑に働いて生命が成り立っている、そんな生命の「カラクリ」に、すっかり心を奪われました。講義に使われた教科書だけでは飽き足らず、講義をされていた先生に相談し、生命科学分野の有名な教科書『Molecular Biology of the Gene』を教えていただきました。それからというもの、漫画を読み漁るかのように読み込んで、どこに何が書いてあるかまで覚えるほど没頭していました。これまでの人生でこれほどめりこめるものに出会ったのは初めてのことで、のちに恩師となるその先生には非常に感謝しています。

さらに、大学2年生のときにアメリカのミネソタ州にあるメイヨークリニックにて1ヶ月間研究室体験をさせていただきました。そこでの体験が研究の道を目指す決定打となりました。白衣を着て、ピペットマンを握り、実験をする。ささいなことかもしれませんが、「これが自分のやりたいことだ」と強く感じる体験でした。
その後、学部では大腸菌を対象に研究をしていましたが、大学院ではがん細胞を対象とする研究テーマに移りました。対象こそ変わったものの、「生命のカラクリを明らかにしたい」という想いは、一貫して私の中にあり続けました。

細胞外小胞との出会い──「違う道を行く」ことで見えた世界

修士・博士課程を経て、私は大阪大学薬学研究科の辻川研究室でポスドクとして研究を始めました。テーマはがんとマイクロRNAの関係を明らかにすることでした。マイクロRNAというのは、遺伝子の働きを調整する非常に小さな分子です。当時は、それががん細胞の中でどのような機能を果たし、がんの進行や患者の予後にどのような影響を及ぼすのかは、まだよく分かっていませんでした。そこで私は、腎がんに特有のマイクロRNAを特定し、その役割を明らかにする研究に取り組みました。
ところが数年のうちに、この分野は世界中で注目されるようになり、多くの研究者が同じようなテーマに取り組み始めました。私は、人と同じことをやっているとあまり面白さを感じづらい性格なので、「違う切り口で、新しいことがしたい」と考えるようになりました。
そんなとき、「細胞外小胞(エクソソーム)」という存在を知りました。細胞外小胞とは、細胞が出すとても小さな袋のような構造で、その中にはタンパク質やRNAなどの情報が詰まっています。これが血液中を巡り、遠く離れた臓器同士を結ぶ連絡手段として機能している可能性を知り、私は直感的に「これは面白い」と確信しました。がん細胞が放出する、がん特有の情報を持った小胞をとらえることができれば、身体に負担の少ない方法でがんの状態を調べるバイオマーカーとして活用できます。さらに、小胞そのものを標的とした創薬の面でも注目されています。バイオマーカーと創薬、2つのアウトプットの可能性があるところに魅力を感じています。

私はこの分野において、がんの手術で取り出された組織から細胞外小胞を直接回収して中身を詳しく調べる方法を確立しました。そして、その情報をもとに、実際に血液中に同じ特徴を持つ小胞があるかどうかを調べるという二段階の方法を取り入れました。このやり方によって、より確実に「がんに特徴的な情報」を拾い出すことが可能になったのです。この手法は、国際的な細胞外小胞の研究ガイドライン論文でも引用され、一定の評価をいただいています。
こうした積み重ねの先に、私は研究者としての大きな夢を描いています。一つは、かつて私をこの道へと導いてくれた名著『Molecular Biology of the Gene』のような教科書に、「神宮司がこれを発見した」と記されるほどの成果を成し遂げることです。生命のカラクリに魅了されたかつての自分のように、次の世代が目を輝かせるような真理を突き止めたいと思っています。もう一つは、自らの基礎研究の成果を臨床の場へと還元することです。父が臨床の最前線で患者と向き合う姿を見てきたからこそ、そう思います。

CPUは1つより多いほうがいい

私はもともと人と話すのが苦手なタイプで、大学に入るまでは、自分の世界の中で完結するような学生でした。友人に連れ出されて外に出たり、恩師との会話を重ねたりする中で、人との関わりが自分の視野を広げてくれると気づきました。
学生とディスカッションをしていると、ふとした瞬間に自分では思いつかないようなアイデアが生まれます。その瞬間こそが、大学という場所で研究を続ける何よりの醍醐味だと感じています。研究者の脳をCPUに例えるなら、1つのCPUには処理能力には限界がありますが、複数のCPUが並列で繋がる「ディスカッション」によって、自分一人ではたどりつけないような斬新な視点やアイデアが生まれるのだと思います。だからこそ、私は「研究者仲間を100人作る」ことを目標にしています。まだ道半ばですが、深く議論できる仲間が増えることで、自分の研究も、視野も広がっていくと信じています。

最後に、若手研究者の方や学生の皆さんに2つお伝えしたいことがあります。1つは、結果が出なくても、研究資金が取れなくても、自分を信じてやり続けてほしいということ。もう1つは、どんなときも「感謝」と「貪欲に学ぶ姿勢」を忘れないこと。研究は人とのつながりでできています。人の縁が未来の扉を開いてくれます。

コラム

Column

最近読んで面白かった本は?

本を読むのが好きで、最近は村上春樹とスティーブン・キングを英語でも読み返しています。特にキング著『ダークタワー』シリーズは、彼の他作品すべてがつながる壮大な物語。読めば読むほど世界観が深まります。春樹作品も英訳で読むと全然違う印象で、「こう訳すのか」と驚くこともあります。原文と翻訳の違いを味わうのも、読書の楽しみのひとつですね。

印象に残っている旅行先

一番印象に残っているのは、海外出張で学生と一緒に行ったウィーンです。学会が目的ですが、合間にグスタフ・クリムトの絵を見に宮殿を訪れたり、現地の料理を楽しんだりと、旅としても最高でした。一人で行くと心細いことも多いですが、学生が一緒だと空港でも街中でも心強い。楽しさも、安心感も、倍になります。

プロフィール

Profile

神宮司 健太郎 JINGUSHI Kentaro

大阪大学大学院薬学研究科 講師
博士(医学)。2017年大阪大学医学系研究科寄附講座助教。2019年同大学薬学研究科特任講師(常勤)を経て、2025年より同研究科講師。現在に至る。

掲載日:2026年2月13日/取材日:2025年5月1日 内容や経歴は取材当時のものです。

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