シミュレーション技術を駆使し、発想を形にする楽しさ
大阪大学産業科学研究所附属産業科学ナノテクノロジーセンター 教授
南谷 英美
量子力学や固体物性の世界に魅せられて
親戚に研究者がいたので、私にとっては幼い頃から身近な職業でした。たびたび海外出張に出かけていく姿を見て、憧れを抱いていました。でも、中高生の頃には職業選択を現実的に考え始め、「研究者として食べていくのは難しいことだから、私には無理だろう」と諦めるように。大学進学の際は、まだ自分が何をしたいのかわからず、入学後に専攻を選べる点に魅力を感じて、大阪大学の工学部応用自然科学科を選びました。最初の1年間は物理・化学・生物を幅広く勉強して、2年次から物理を専攻することにしました。
実は、高校時代は物理が嫌いだったんです。でも、大学の授業で量子力学や固体物性を学び、高校物理とは全く異なる新しい世界に魅せられていきました。当時の私には難しくて理解しがたいことも多かったですが、その「得体の知れなさ」に惹かれました。ただ、学部から修士・博士へと進んでも、当時はまだ研究者になろうとは考えていませんでした。「この先も研究者としてやっていけるかもしれない」と初めて手ごたえを感じたのは、ポスドクになってから。理化学研究所の研究員として成果を挙げることができた27歳の頃でした。
好奇心を原動力に、アイデアを形にしていく
私が専門とする物質科学は、原子・分子レベルで物質の構造や性質を解明し、新しい機能を持つ材料を開発・創成する学問分野です。物質科学には、大きく分けて2種類のアプローチがあります。1つは実際に物質を合成して実験を行う方法、もう1つは理論やシミュレーションを用いて研究する方法です。私の場合は後者で、コンピュータシミュレーションや物性理論を活用した研究や、機械学習を応用した新規シミュレーション開発などを行っています。
特に近年は、原子の規則的な配列を持たないアモルファス(非晶質)の研究に力を入れています。アモルファス材料において、ゆがみやすく柔らかい箇所に何らかの構造的特徴があるかどうかは長年の謎でした。既存手法では結晶秩序を持たない複雑な構造の特徴抽出が困難だったためです。そこで私たちの研究グループは、トポロジー(位相幾何学)を応用した解析方法によって、アモルファス材料の柔らかい領域は原子の並び方に規則性と乱れが共存するような階層構造を持っていることを明らかにし、2025年に英国科学誌『Nature Communications』で発表しました。この知見は今後、割れにくいガラスなど、しなやかで丈夫なアモルファス材料の設計に生かされていくはずです。
私が主な研究手法として用いているコンピュータシミュレーションは、アイデアをコンピュータ上ですぐに試すことができ、トライアンドエラーを短期間で繰り返しながら、自分の発想を形にしていけるところが魅力です。仮説を立て、プログラムを組んでシミュレーションを行い、検証していく過程は、私にとってはRPGやストラテジーゲームをプレイするのに近い感覚かもしれません。新しいことを知りたい、アイデアを試してみたいという知的好奇心が、私が研究に取り組む原動力です。子どもの頃から一つのことに熱中しやすいタイプで、鉱石標本の収集、洋ランの栽培など、何か好きなものが見つかると、とことん調べて没頭していました。現在の研究活動も、その延長線上にあるように感じています。
物質科学の分野で研究を始めて約20年になります。今後は、より社会に役立つ研究活動を行っていきたいと考えています。その一環として、企業と連携し、若手社員の方を社会人博士として研究室で受け入れて、シミュレーション技術を指導する活動も行っています。また、分野融合もさらに推進していきたいという思いがあります。現在、応用数学や機械学習など、他分野との共同研究を進めています。今後も多様な分野と連携して研究の幅を広げ、社会に還元していきたいです。
研究者としての生き方は多種多様
学生や若手研究者の方たちには、「研究者はこうあるべき」という先入観や固定観念を持たず、さまざまな環境で研究に携わってみてほしいと思っています。私は大阪大学大学院を修了後、理化学研究所、東京大学、分子科学研究所を経て、大阪大学に戻ってきました。この経験から感じるのは、研究者にはいろいろなタイプがいて、そのキャリアも決して一本道ではないということです。例えば、1つのテーマをひたすら深く掘り下げていく人もいれば、興味を持ったことに手を広げて挑戦していく人もいます。決まった道や正解があるわけではないように思います。また、私自身は科研費の学術変革領域公募研究やJSTのさきがけに採択されて他分野と関わる経験ができたことも、自分の視野を広げる良いきっかけになったと感じています。自分の専門領域から一歩踏み出し、インプットの幅を広げておくと、研究者としての成長につながるのではないでしょうか。
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コラム
Column
大阪大学の中で好きな場所は?
一番好きな場所は自分の研究室です。ビーズソファやラグ、お気に入りの雑貨などを置いて、自分が最もリラックスできる空間を作り上げました。ソファの上でくつろぎながら過ごすひとときは、思考を整理したり新たな発想を生み出したりするための大切な時間です。
印象に残っている旅先は?
英国の科学機器メーカーの寄附により創設された「サー・マーティン・ウッド賞」を2024年に受賞し、副賞として英国での講演旅行の機会をいただきました。そのとき訪れたオックスフォード大学は、まさに『ハリー・ポッター』の世界。歴史ある重厚な空間に圧倒されました。
プロフィール
Profile
南谷 英美 MINAMITANI Emi
大阪大学産業科学研究所附属産業科学ナノテクノロジーセンター 教授
博士(工学)。2005年大阪大学工学部応用自然科学科を卒業後、同大学院工学研究科応用物理学専攻で博士号を取得。独立行政法人理化学研究所研究員、東京大学大学院工学系研究科講師、分子科学研究所教授などを経て、2022年9月より現職。2019年度「科学技術分野の文部科学大臣表彰・若手科学者賞」、2024年「第26回サー・マーティン・ウッド賞」を受賞。現在に至る。
掲載日:2026年4月20日/取材日:2026年2月27日 内容や経歴は取材当時のものです。
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お話を伺って
柔らかな雰囲気の研究室で、終始にこやかにお話しくださった南谷先生。「研究職に飛び込んでみれば何とかなる」というお言葉は、多様なキャリアを歩み実績を積み重ねた自信の現れだと感じました。「安らぎの時間が新たな発想を生む」——その時間を研究者のみなさんが十分に持てるよう、私たちURAにできることを改めて問い直す、良い機会となった取材でした。(曽我部)