#025

心のあり方や進化の過程を紐解き、ヒトが孤独な存在ではないと示したい

松井 大

大阪大学大学院人間科学研究科 助教

松井 大

時にはつまずきながらも歩んできた研究者への道

もともとは哲学に興味があり、文学部に進学しました。しかし、1年生のときに出会った同級生があまりに優秀で、「この人には哲学で勝てない」と早々に自信を失ってしまいました。そこで、2年次の専攻選択では心理学を選ぶことに。「自分は哲学の逆、科学の道に進もう。文学部でできる科学といえば心理学だ」と考えたのです。今思えば、それほど「逆」というわけでもなかったのですが。また、1年次に受けた自然人類学の授業で、生物進化に関心を持っていたため、進化を軸に心理学に取り組んでみようと決めました。

研究者になりたいと思うようになったのは、大学院進学を考え始めた学部2年生の頃です。「研究者は狭き門だから難しそうだ」「博士課程まで行くと就活で苦労するかもしれない」と逡巡する人も多いかもしれませんが、私には全く迷いがありませんでした。今振り返ると向こう見ずな若者だったと思います。でも、研究を続けていくことが自分にとっては自然な選択だったのです。

大学院ではカラスとハトを使った道具使用にまつわる研究を行い、育志賞(※)を受賞することができました。しかし、博士論文の目途が立った頃から、次にやりたいことが見つからず、目標を見失ってしまいました。そんなときに出会ったのが、ドイツのルール大学ボーフムのバイオサイコロジー(生物心理学)ラボです。海外特別研究員に採用され、このラボに約2年在籍することになりました。留学中は自分の研究に向き合うだけでなく、他のメンバーが取り組んでいる研究について意見を求められる機会が多かったです。そのため、今まで自分が考えてこなかったような多様なテーマにふれることができ、この経験が研究者としての開かれた態度を育んでくれました。自分が次のステップに進むために必要な時間だったと思います。

※育志賞
日本学術振興会が、特に優れた研究業績を有し、将来の学術を担うことが期待される博士課程学生に授与する賞。受賞者は毎年16~19名程度。

進化的な観点から、心のあり方を解き明かしていく

私が専門としている比較心理学は、ヒトを含めた動物の行動や認知能力を比較し、心のあり方や進化の過程を解明する学問です。動物が「なぜそのように行動するのか」を解き明かしていくことで、ヒト固有の特徴だと思われてきたものが、そうではなかったとわかる場合があります。例えば80年ほど前までは、道具を使うのはヒトだけだと考えられていましたが、今では約500種類の動物が道具を使うことが明らかになっています。私の研究グループでは、ヒトの手が道具を使いやすい形態に進化したのと同様に、カレドニアガラスの嘴が道具を使えるような特殊な形に進化していることを発見しました。こうした進化の多様さを紐解き、進化史の中でヒトが孤独な存在ではないと示すことができる。これが私にとっての比較心理学の魅力です。

また、比較心理学は近隣分野が多く、学際性を獲得しやすいところも魅力です。ヒトの心理学とのつながりがあるのはもちろん、「心とは何か」「認知とは何か」といった問いに向き合うと、哲学や精神史など人文学の領域とも深く結びつきます。さらに、神経科学や生態学、動物行動学などの理系分野とも大きな関わりがあります。私自身も、哲学や行動生態学などさまざまな領域の研究者と共同研究を行っています。学際的研究は、自分の視野を押し広げてくれると感じます。

一方、比較心理学ならではの苦労もあります。心理学の実験の多くはマウスやラットを使用しますが、比較心理学では実験動物としてあまり使われない動物を扱うため、難易度が高いのです。私はこれまで、カラス、ハト、マーモセットなどを扱ってきました。最近は、ナイカイムチョウウズムシという無腸動物にも対象を広げています。実験でつまずくポイントは、動物によって全く異なります。例えば、カラスは実験装置をすぐ壊してしまいますし、マーモセットは常に体調を気遣う必要がありました。動物は思い通りには行動してくれないので、実験は常に驚きの連続です。自分の直感を超えてくる動物たちと付き合うことは、研究の大変さであり面白さでもあります。

苦しいときほど、人前に立つ努力を

研究のキャリアが浅い人ほど、「早く業績を出さなくては」という焦りがあると思います。直近数年の論文を読み、実験の手続きを少し改変するだけでも、論文は書けるでしょう。でも私は、若いうちにあえて時間をかけて学説史を学ぶなど、専門領域の成り立ちを大切にしてほしいと思っています。それが専門家として自分の分野に責任を持つということではないでしょうか。

そして、辛いときや苦しいときほど、人前に立ってほしいと思います。研究がうまくいかないと学会に行きづらくなりますが、そんなときほど人前で発表したり、他の研究者と対話したりしたほうが、ヒントが見つかるはずです。苦難の時期こそ、内にこもらず外に意識を向けてみてください。

コラム

Column

印象に残っている旅先は?

学生時代に訪れたネパールです。2時間ほどかけて山を登り、山頂から眺めた夕日に燃えるヒマラヤ山脈は、今でも目に焼き付いています。世界には、自分がまだ知らない美しいものがたくさんある。そんな感情を抱く経験の積み重ねが、明日に向かう力につながっています。

お気に入りの言葉は?

「人が旅をするのは到着するためではなく旅をするためである」というゲーテの言葉です。結果ではなく過程こそが目的だというこの考え方は、人間活動の本質だと思います。研究においても、論文だけでなく研究活動のすべての過程が自分にとっての目的だと感じています。

プロフィール

Profile

松井 大 MATSUI Hiroshi

大阪大学大学院人間科学研究科 助教
北海道大学人間知・脳・AI研究教育センター 客員研究員
博士(心理学)。2014年慶應義塾大学文学部を卒業後、同大学院社会学研究科で博士号を取得。2018年度日本学術振興会育志賞を受賞。日本学術振興会海外特別研究員(ルール大学ボーフム)、北海道大学人間知・脳・AI研究教育センター特任助教などを経て、2024年4月より現職。現在に至る。

掲載日:2026年4月16日/取材日:2026年2月27日 内容や経歴は取材当時のものです。

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