#005

ものづくり×サイエンス
前提を覆し、科学革命を起こす

永井 健治

大阪大学産業科学研究所 教授(栄誉教授)

永井 健治

ものづくり少年と生き物との出会い
湧き出る謎を解き明かしたい

もともと、小学校の工作大会や凧揚げ大会で賞をもらうような、ものづくりが好きな子どもでした。中学生の頃は、高校を出たら機械工になろうと思っていたんです。転機になったのは、高校1年生の時に国語の先生がバイオテクノロジーの話題に触れられたこと。どんなものかと思い、関連するブルーバックスを買って読んでみたところ、「生き物も自ら設計図を持っている機械なんだ!生き物でもものづくりができるんだ!」と衝撃を受けました。生物に興味を持ってからは、「光合成で成長するってどういうこと?」「青酸カリを飲むと窒息するのは何故?」と疑問があふれてきましたが、生物の先生がとても親身な方で、ご自身で答えられないものは、学生時代に所属されていた研究室へ問い合わせてくださることも。同時に、世の中にはまだ分かっていないこともたくさんあると知り、大学で生物学を学びたいと思うようになりました。中学生の頃には大学に行こうなんて思ってもみなかったのに、ですよ。

浪人を経て入学した筑波大学の生物学類には、100人近い同級生がいました。生物に興味のある人がこんなに大勢集まる場所はそうないでしょう。さらに、当時は僕を含めて8割くらいの人が宿舎に入っていて、夜な夜な話し込みました。特に学問の議論を重ねることが多く、内藤豊先生の細胞性粘菌の走化性応答のメカニズムや、柳澤嘉一郎先生の大腸菌のDNAポリメラーゼの数に関する講義を受けた後の議論は、今も強く印象に残っています。生化学を含め、化学の世界では1023という莫大な数の分子を前提として化学反応や速度を論じるのが一般的なのに、その前提では説明できないことがあるんだというのが不思議で。そうやって学友と語らううちに、自然と研究者を志すようになりました。次々に湧き出てくる謎と、それらを解き明かしたいという気持ちを前にしたら、必然的にアカデミアに残って研究をするという道しかなかったんです。

電気を使わない社会へ 
光る植物で未来を照らす

僕の思う研究の醍醐味は2つあります。まず、ものづくりの醍醐味は、これまで世界に存在しなかったものを作り出すこと。そして、サイエンスの醍醐味は、前提を覆すことです。サイエンスは既にこの世界に真理があり、これまでに多くの研究者がそれらを明らかにしてきました。もちろん、真理を明らかにすること自体もおもしろい営みです。でも、既に解明されたと見做され、前提とされてきたことを、実は違うんだ、本当はこうなんだ、と覆すことができたら、さらにおもしろい。常識を覆す発想で科学革命を起こしたいですね。

僕が10年以上目標として掲げている「光る街路樹を御堂筋に実装する」というのも、同じスタンスです。我々は電気がないと生きていけない世の中に暮らしています。ほとんどの代替エネルギーや再生可能エネルギーも、電気を使う社会を想定して開発されていますが、これでいいのでしょうか?そもそも電気に頼らない生活を実現するのも、サステナブルな社会の一つの方向性ではないでしょうか?僕の開発してきた高光度発光タンパク質の技術を用いて、電気を使わずに光る植物を街路樹や家庭の照明として実用化できれば、世界的なCO₂の削減や新しい住環境の提案に貢献できると考えています。「電気を使う」という前提を覆しましょう。電気を使わない生活のための、電気に代わる次の技術開発にみんなで取り組みましょう。

まもなく開幕する大阪・関西万博では、4月21日から28日の8日間、大阪ヘルスケアパビリオン「リボーンチャレンジ」で「光る植物」を出展します。コンセプトは「未来の侘び寂び」。光る植物で和室空間を仄かに照らします。自主出展なので負担は決して小さくありませんが、多くの人に見てもらうことで、この次世代の技術への関心を広げるとともに、万博ですから日本の技術を海外にも発信したいと考えています。

タバコの鉢植え
ペチュニアの切り花

論文や教科書を疑い、人とは違う研究戦略を

研究をするうえで、単に「まだやられていないから」という動機付けは、個人的にはつまらないと思います。やられていないサイエンス、論文になっていないことはごまんとあるんですから。既に論文になっていることや教科書に載っていることであっても、「それは本当に正しいのか?」「どこかにおかしい点はないのか?」と疑ってほしい。前提を疑うことから始め、人とは違う戦略を練って実験や研究を行うのがサイエンスのおもしろみだと考えています。みんなが見ているのとは逆の方向を見ましょう。主流に逆らう道は困難も伴いますが、でこぼこした道を歩む方が人生は楽しいです。

コラム

Column

印象に残っている旅先は?

北海道の小樽。浪人中、大学の受験料や学費を稼ぐためアルバイトに励み、貯めたお金の一部で50ccのバイクを購入して北海道を旅しました。舞鶴から2日間の船旅を経て、バイクと共に降り立ったのが小樽です。出会う人からは一様に「浪人生が何をやっているんだ」と言われましたが、多くの人のものの見方や考え方を知ることができたのは得難い経験でした。

お気に入りの本は?

『孤高の人』新田次郎著。登山家・加藤文太郎をモデルとした山岳小説です。大学生の頃に読み、過酷な登山描写に感銘を受けました。当時野外活動クラブに所属していた僕も、冬の宿舎で窓を開けて眠ったり、極寒の筑波大学のキャンパスでシュラフにくるまって朝を迎えたりと、小説に描かれたトレーニング法をアレンジして実践し、厳冬期の赤岳や槍ヶ岳に登りました。ある意味度を越えた経験を重ねることで、自分が磨かれていったように思います。

プロフィール

Profile

永井 健治 NAGAI Takeharu

大阪大学産業科学研究所 教授(栄誉教授)

博士(医学)。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了後、理化学研究所基礎科学特別研究員、同研究所脳科学総合研究センター研究員、JSTさきがけ研究員を経て、2005年北海道大学電子科学研究所教授。20123月大阪大学産業科学研究所教授に就任。2017年大阪大学栄誉教授の称号付与。2018年1月より先導的学際研究機構超次元ライフイメージング研究部門長を兼任。20239月より株式会社LEP代表取締役CEO、現在に至る。

掲載日:2025年4月11日/取材日:2025年1月10日 内容や経歴は取材当時のものです。

関連リンク

Related Links