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研究領域も国も超えて、小児疾患の病態解明に挑む

北本 宗子

大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任准教授(常勤)

北本 宗子

研究の力で病気を治したい

小さい頃というのは、物事への興味が漠然としたインスピレーションから生まれることが多いように思います。私の場合それは人体でした。父が僧侶だったこともあり、自然と死生観に触れる機会が多かったからかもしれません。「人はなぜ死ぬのか?」という問いの裏返しで、「人はどうやって生きているの?」と、生命の仕組みや成り立ちに強く関心を抱いていました。そんな興味もあって、大学では当時注目を集めていたバイオ工学を専攻。学部4年生で研究室に配属されて以降、実験が面白く、のめり込みました。一方で、実験は好きだけど自分は研究に向いているのか悩んだこともあります。与えられたテーマをこなす実験とは違い、博士課程に進んで研究となると自ら課題を見つけ主体的に取り組む力が求められるため、自分にそれができるのかと不安に思ったのです。それでも「とりあえず飛び込んでみよう」と研究の道へ進みました。

当初はがん細胞を対象に研究をしていました。研究を進める中で、幼い子のがんの症例に触れる機会があり、臨床の現場に役立てることを意識しながら研究に取り組むようになりました。今取り組んでいる腸内細菌を研究領域にしたのは、アメリカのミシガン大学で鎌田信彦先生のラボに参加したことがきっかけです。新しい視点を得たことで、今までの研究との点と点がつながり、疾患を俯瞰して捉えられるようになりました。アメリカ留学中には、研究財団が主催する交流会を通じ患者さんと直接触れ合う機会もありました。患者さんと研究者が一緒に湖畔を散歩したり、ピザを囲んでランチを楽しんだりと、休日を共に過ごすイベントです。私もこの交流会に参加し、大人の患者さんの悩みに耳を傾け、病気と向き合う子どもたちと触れ合うなかで、「研究の力で病気を治したい」という思いが一層強まりました。なかでも小児疾患の子どもたちとの出会いは、深く心に刻まれています。小児疾患は症例が少なく、検体の確保が難しいため、基礎研究の進展が遅れているのが現状です。それでも、実際に病気で苦しんでいる子どもがいる以上、軽視できません。一研究者、そして一人の母親として小児疾患の解明に向けて取り組んでいきたいと考えています。

アメリカでの8年間、肌で感じた研究スピードの速さと環境

研究員としてアメリカで過ごした8年間は私にとって貴重な財産です。人に恵まれたこともあり、行って悪かったことが一つもありませんでした。特に世界の研究スピードを肌で実感できたことはすごく良かったです。日本の研究室は、どうしても自分のラボの中で完結してしまう傾向があります。高価な機材もそれぞれのラボで持っていて各研究室がきっちり壁で区切られている。自分の好きなタイミングで研究を進められるというのは利点ですが、人との接点が減ってしまっているようにも感じます。私がいたラボは、他のラボと遠心機を共有していて、製氷機もワンフロアで共有だったたため、ラボ同士の敷居が低く、気軽に“スモールトーク”ができる環境でした。「最近どう?」「この試薬持ってたら貸してくれない?」といった会話が日常的に交わされ、ちょっとした思いつきで試したい実験もすぐにできる。時間も物もロスが無いんです。横のつながりを築きやすい環境は日本でも取り入れたいです。

もう一つ日本に取り入れたいのが、ママさん研究者が仕事復帰しやすい環境です。私はアメリカで出産し、実験スケジュールの都合上産後3か月で復帰しましたが、周囲の支えと整った設備のおかげでスムーズに戻れました。たとえば、大学では建物ごとに搾乳室の設置が義務づけられており、昼休みに搾乳・冷凍して、翌日分として学内保育園に渡すことができます。日本に戻ってきて、トイレで搾乳し捨てている方がいると聞き、とても悲しくなりました。ミルクで育児できるという選択肢はありますが、母乳で育てたいと願う人が、その選択を諦めなくて済む環境にしていきたい。女性研究者を増やすうえで、そういった環境を整えていくことが重要だと考えています。

失敗を糧に挑戦を重ねる

若いうちは、どんどん失敗して、やりたいことを突き詰める時間だと思っています。研究していて成功することなんてほんの一握り。だからこそ、どれだけ挑戦し続けられるかが重要だと思っています。失敗を重ねると焦りが生まれ、自分を追い込んでしまうような感覚に陥るかもしれません。そんなとき、私は周囲に意見を聞くようにしています。ラボミーティング等の場では、どうしても綺麗なデータやうまくいっている話がでがちです。もちろんそれも重要なのですが、失敗したデータも同じくらい重要です。たとえば、試薬の種類や濃度がどうだったか、マウスのどのラインがダメだったのか、お互い情報交換できれば、同じ失敗を繰り返さずに済みます。失敗するのは当たり前で、その失敗をどう活かすか。失敗を糧に自分の考えを突き詰めていった先に、新しい発見が生まれるのだと思います。

自分の興味のままに研究できるのは研究者の特権です。そして、何歳になっても見たことのない世界を見続けられること、挑戦し続けられることもまた研究者の特権。若い方にぜひお勧めしたい仕事です。

コラム

Column

印象に残っている旅先はどこですか?

アメリカは仕事のオンオフの切り替えがはっきりしているので、ミシガン大学時代はいろんなところを旅行しました。アメリカの国立公園は、ほとんど制覇したと思います。カナダにオーロラを見に行ったり、ペルーのマチュピチュやボリビアのウユニ塩湖など、いわゆる名所と呼ばれる場所もいろいろ巡りました。

キャニオンランズ国立公園にて

ストレス解消や気分転換の方法はなんですか?

休日に家族で出かける事です。特に、夏は結構家族でキャンプに行くんですけど、すごく楽しいです。自然の中で過ごす時間は、いいリフレッシュになります。

プロフィール

Profile

北本 宗子 NAGAO-KITAMOTO Hiroko

大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任准教授(常勤)

博士(医学)。2022年大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任准教授(常勤)に就任。現在に至る。

掲載日:2025年4月18日/取材日:2025年2月17日 内容や経歴は取材当時のものです。

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