骨・軟骨研究の知見とゲノム編集を融合し、健康や福祉に貢献
大阪大学大学院歯学研究科 ゲノム編集技術開発ユニット 准教授
(兼任)生化学講座
高畑 佳史
自身の興味関心と、人の縁に導かれて
子どもの頃から、身近なもので実験したり、身の回りの不思議を観察したりすることが好きでした。中学・高校では理科が得意で、自然にその分野を深めたいと思うようになり、大学は薬学部に進学。物理・化学・生物と幅広く学ぶ中で、生命科学と創薬研究に関心を持ち、学部生のときに薬理学の米田幸雄先生(金沢大学名誉教授)の研究室に入りました。ハードな研究室でしたが、愛情を持って人を育てる米田先生の厳しくも温かい指導が、私の研究者としての土台を育んでくれました。
修士課程修了後、企業で研究を行う道もありましたが、「自由な発想で研究を続けたい」という気持ちが勝り、進学を決断。博士課程では、骨や軟骨の形成に関わる転写因子の解析に取り組みました。また、日本学術振興会のプログラムで1年間の海外留学も経験することができ、アメリカ流の研究スタイルに触れる貴重な機会となりました。
帰国して博士課程を修了した後は、金沢大学大学院自然科学研究科へ。2年間助教を務めたのちに、日本骨代謝学会のつながりがきっかけで西村理行先生(大阪大学名誉教授)とのご縁が生まれ、大阪大学歯学研究科に移りました。以来、ゲノム編集技術を用いた疾患モデルマウスの作製に携わり、骨・軟骨研究の知見を生かして、基礎研究と臨床の橋渡しを意識したテーマに発展させています。
生命科学の本質に迫り、幸福寿命の延伸に寄与したい
現在、研究の軸としているのは、個々の遺伝子の機能解明を通じて、生命の精密な仕組みと疾患の本質に迫ることです。例えば私たちの研究グループは、骨および軟骨の形成にSmoc1, Smoc2の両遺伝子が必要であることを2021年に発見しました。この研究成果は、下顎の骨の形成に関する歯科領域のみならず、全身の骨および軟骨の形成メカニズムの解明に貢献し、鎖骨頭蓋異形成症などの遺伝子骨疾患に対する治療法や診断への応用も期待できます。
2024年にJST創発的研究⽀援事業に採択された研究では、関節軟骨の修復因子や、関節破壊に対する防御因子を明らかにし、加齢や力学ストレスに耐性を持つ関節軟骨を産生することを目指しています。関節組織の恒久的な機能維持システムを創出し、健康寿命とその先にある幸福寿命の延伸に寄与したいと考えています。
研究の成果は論文として発表され、後世に残ります。そこに自分の名前が刻まれることは、研究者にとって大きな責任であり、同時に誇りでもあります。今すぐ社会に役立つ研究だけではなく、将来的に重要な意味を持つかもしれない基礎的な発見を積み重ねていくことも大切です。遠回りに見えても、生命科学の本質に迫るような研究を続け、それが最終的に人の健康や福祉への貢献につながれば、これ以上の喜びはありません。
生命科学の研究では、仮説を立て、それを多角的に検証しながら論理的に組み立てていく力が求められます。一つの実験結果を得るまでには、条件設定や再現性の確認など、細部に多くの時間を費やします。この過程は非常に地道で大変です。思い描いた通りの実験結果が出ることもありますが、多くの場合はそうではありません。だからこそ、細かな検証を繰り返して条件がうまく整い、自分の仮説と実験結果がバシッと決まった瞬間の感動と興奮は、何にも代えがたいものです。その瞬間にすべての努力が報われるような達成感を覚えます。そうした「点」が積み重なって新しい「線」や「面」となり、生命の仕組みの一端が見えてくる。それこそが研究の面白さなのです。
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選んだ道を信じて、情熱を原動力に突き進む
若い研究者の方や研究職に興味を持つ学生の皆さんは、他人の評価を気にすることなく、自身の関心と情熱を原動力に突き進んでほしいです。独自の視点を持ち、自分だけの強みを磨いていくことが、深みのある研究生活につながります。迷ったときこそ、自分への“投資”だと思って行動する。その積み重ねが、将来の大きな力になるはずです。
ときには、仮説を立て直し、何度も検証しても成果に結びつかない時期もあるでしょう。私自身も、実験がうまくいかず論文作成が停滞し、精神的に苦しい思いをしました。その中で学んだのは、結果を焦らず、自分のペースを保つことの大切さです。煮詰まっているときほど、研究以外に意識を向け、心をリセットするようにしています。家庭や趣味の時間など、研究から少し離れてみると新しい発想が生まれることも。長い研究生活を続ける上で、精神的なコントロールはとても重要だと感じています。
学生の皆さんの中には、かつての私と同じように、修士課程を終えて就職するのか、博士課程に進むのか、迷う人もいるかもしれません。でも人生の岐路で、もし自分が選ばなかったほうの道に進んだらどうなっていたのか、そんなことは誰にもわかりません。だから後ろを振り返るのではなく、自分が選んだ道を信じ、誠実に取り組んでいくことが大切です。その先にはきっと成果があり、自身の成長を感じられる瞬間が訪れるでしょう。
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コラム
Column
ストレス解消法は?
世界のグルメを味わうのが好きで、大阪・関西万博には何度も通いました。外で食べておいしいと思ったものを、自宅で再現してみるのも楽しみの一つです。試行錯誤の末、お店の味を再現できたときには、まるで実験が成功したような達成感を覚えます。
印象に残っている旅先は?
大自然を感じる旅が好きです。セントルイス・ワシントン大学への留学中は、アメリカの国立公園を巡りました。グランドキャニオン、ザイオン、モニュメントバレー、アーチーズではトレッキングを楽しみ、壮大な景観と奇岩の迫力に圧倒されました。
プロフィール
Profile
高畑 佳史 TAKAHATA Yoshifumi
大阪大学大学院歯学研究科 ゲノム編集技術開発ユニット 准教授/(兼任)生化学講座
博士(薬学)。2007年金沢大学薬学部を卒業後、同大学院生命科学専攻で博士号を取得。2012年同大学院自然科学研究科助教、2014年大阪大学大学院歯学研究科生化学講座助教を経て、2024年4月よりゲノム編集技術開発ユニット准教授。2024年10月JST創発的研究支援事業に採択。現在に至る。
掲載日:2025年11月28日/取材日:2025年10月15日 内容や経歴は取材当時のものです。
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お話を伺って
高畑先生のお話から伝わってきたのは、研究への深い情熱と発想の自由、そして人との“縁”を大切にされる姿勢です。生命科学の本質に迫り、その成果を幸福寿命の延伸に結びつけたいという思いに、研究者としての誠実な姿勢をうかがい知ることができました。また、グルメや自然を堪能する時間を通じてリフレッシュされる姿は、長く研究に向き合われる先生にとって、心のバランスを程よく保つ工夫なのだと感じました。柔和な笑顔とともに語る高畑先生の言葉には、心に響く多くのヒントがぎっしりと詰まっているように思います。(高野、井上)